七月:文月 | 祇園祭トリビア 知るほどに心ひかれる美しい祭典

願いを込めて夏を乗り切る

祇園祭といえば、日本の三大祭の一つ。京都市内の中心部や八坂神社で行われる、毎年7月1日から31日まで何と1カ月もの間様々な神事が繰り広げられます。

その起源は平安時代までさかのぼります。869年に京の都で疫病が流行し、厄払いのための祈願が広大な庭園だった神泉苑で行われました。当時の国の数にちなんだ66本の鉾を立て、祇園の神を迎え、災厄を祓った祈願が始まりだといわれており、現在も祭では無病息災を願って多くの参拝者がお守りなどの授与に訪れます。当時は衛生環境や医療も今のように整っておらず、疫病が流行すると多くの人々が命を落としました。それだけに、無病息災の願いは強かったのでしょう。

各山鉾の壮麗なタペストリーもゆっくり見てみたい

動く美術館にうっとり

現在33基ある山鉾は動く美術館と称され、中国やペルシャ、ベルギーのタペストリーなどが飾られており、とにかく壮麗(保護のため現在はレプリカで飾られている)。7月10日から14日の間に各山鉾町で建てられ、通りに完成した山鉾が立ち並ぶと京都の町は一層華やかな祭りのムードに包まれます。美しい美術品を鑑賞するなら、16日の宵山までの間に訪れてみてください。

そして動く山鉾を見られるチャンスは2回。山鉾巡行は本来、前祭(さきまつり)と後祭(あとまつり)がありましたが、近年は合同で行われてきました。しかし祭の本来の形を取り戻そうと約半世紀ぶりに、2014年から後祭の山鉾巡行が復活しました。そのため、17日の前祭山鉾巡行ののち、24日に後祭山鉾巡行が行われます。巡行の順番はくじ引きで決められるのですが、トップを飾る前祭山鉾巡行の先頭は<長刀鉾>と決まっており、<くじとらず>といわれています。毎年選出される稚児が乗るのも、この鉾だけです。

山鉾ごとに厄除けちまきが作られている

祇園祭で食べてはいけないもの

まず一つ目は、厄除けのちまき。なぜちまきが厄除けになっているのかというと、あるとき八坂神社の祭神・素戔嗚尊(すさのおのみこと)が旅の途中、蘇民将来に宿を求めました。粟で作った食事でもてなした蘇民将来にお礼として「一家の子孫を疫病から守る」と約束し、<茅(ち)の輪>授けました。その後、茅の輪が変化してちまきになったという説があり、厄除けのちまきには<蘇民将来子孫也>と札が提げられています。「我が家は蘇民将来の子孫ですから、疫病からお護りください」と願いを込めて、家の門口に掲げるのです。もちろん、五月の節句のちまきとは違い食べることはできません(食べられるちまきを販売しているところもあります)。7月31日には蘇民将来を祀る八坂神社境内の疫神社では、夏越祭が行われ護符と粟餅の授与が行われ、長い祇園祭が終わりを告げます。

そして、二つ目が、きゅうり。八坂神社の御神紋は<五瓜に唐花(ごかにからはな)>と<左三つ巴>ですが、これがきゅうりを輪切りにしたときの断面と似ています。それゆえに、「恐れ多い」として祇園祭の関係者や氏子たちはきゅうりを食べないという習わしがあります。

右上の御神紋をよく見ると、きゅうりの輪切りの形に似ている

【出典・参考】
祇園祭山鉾連合会 http://www.gionmatsuri.or.jp
八坂神社 http://www.yasaka-jinja.or.jp

【協力】 写真協力:studio Bow 高嶋克郎(祭風景)